かつらウィッグ製作発祥の地「新潟」へのこだわりとその想い

かつら・ウィッグ作りに携わるきっかけは、某大手かつら・ウィッグ会社の海外赴任社員の募集を知ったことから

レリエンスメディカルの代表社員である私、小林勝広(こばやしかつひろ)がかつら・ウィッグの生産、製造に携わることになったのは、大学卒業後の就職活動の時期に、日本の某大手かつら・ウィッグメーカーの面接を、1994年に受けたことがきっかけです。

タイにかつら・ウィッグ自社工場を稼働させていた、この大手かつら・ウィッグ会社は、当時、タイで長期間働ける日本人を募集しておりました。

アメリカの大学に留学していた私は、「将来は日本ではなく、海外で仕事をしてみたい!」と真剣に考えていました。それまで、かつら・ウィッグなど見たこともなかったですし、かつら・ウィッグがどんなものかも想像できませんでしたが、タイには学生時代に行ったことがあり、非常に住みやすい国だと感じていたこともあって、かつら・ウィッグのことは全く知らないまま、この日本人社員募集に応募しました。

たまたま私が最初の応募者ということもあって、私の入社はすぐに決まりました。幸運にも、アメリカから日本に帰国して最初の入社試験で内定がもらえたので、「本当にラッキーだ!」と思ったことを覚えています。

この某大手かつら・ウィッグ会社に入社後、当時この会社の研究開発部門があった、新潟県胎内市(旧、中条町)でまず3ヶ月間研修し、その後予定通り、タイのかつら・ウィッグ自社工場に赴任することになりました。

「フィリピンは治安が悪すぎるから」と日本人赴任者の追加要請を本社から断られた、フィリピンのかつら・ウィッグ自社工場時代

タイのかつら・ウィッグ自社工場で順調に研修を続けていた私でしたが、タイ赴任から3ヶ月目のある日、「フィリピン現地法人のかつら・ウィッグ自社工場に異動」との辞令を突然受けることになります。タイでの仕事と生活に慣れた頃であったため、この時は非常に残念な思いでタイをあとにしたのを覚えています。

当初、私のフィリピン赴任は1年の予定でしたが、その後、このフィリピンかつら・ウィッグ工場と深く関わることになり、それまで経験すらしたことのなかった労組問題と工場閉鎖、そして新工場建設のプロジェクトに携わるなどして、最終的には11年間、このフィリピンかつら・ウィッグ工場で勤務することとなりました。

タイからフィリピンのかつら・ウィッグ自社工場に移ったばかりの頃は引き続き、かつら・ウィッグ生産現場での研修が続いていました。様々な工程が入り組む複雑な現場では、最初何がなんだかさっぱりわからず、本当に苦労の連続でした。

かつら・ウィッグの熟練職人が集まる生産現場では、職人気質の「現場では自分で見て、盗んで覚えろ」といった空気と雰囲気があり、作業に集中している職人さんに、入社間もない新人の私が声をかけて質問するなど、到底できることではありませんでした。結局、一通りの製作工程とその工程内容を理解するまでに、一年以上がかかりました。

この現場研修が終わると、私は生産管理と納期管理の仕事に配属となりました。

当時のフィリピンかつら・ウィッグ工場内には、700名のほどの職人がおり、社外には2,000名ほどの下請け職人がおりました。合わせて2,700名の職人から仕上がってくる、かつら・ウィッグ製品の品質と納期の管理を、私を含めた日本人3名が中心となって、現地の社員といっしょに管理をする仕事を私は任せられました。

あまりにも莫大な仕事の量に対し、日本人社員3名だけでは限界を感じて、追加の赴任者を日本の本社に要請しましたが、「フィリピンは治安が悪すぎて、会社としてもなかなか長期で社員を出しにくい」と、こちらの要請は断られ、朝から夜遅くまで日曜日を除く毎日、黙々と仕事をこなす日々が続きました。

独立してレリエンスメディカルを立ち上げようと思ったきっかけは、看護師である妹の訴え

このフィリピンかつら・ウィッグ工場は、労組問題がきっかけとなって2004年に一旦閉鎖となりましたが、東京本社がフィリピン国内の別の場所に新工場を立ち上げたことから、フィリピンでのかつら・ウィッグ生産はその後も続きました。

私はフィリピンかつら・ウィッグ工場の副工場長として、その後仕事をするようになりましたが、フィリピンかつら・ウィッグ工場で仕事をはじめてから11年が経ったある日、看護師である妹から聞かされた、あるお子さんとそのご両親のお話しがきっかけで、私はそれまで考えもしなかった、脱サラと独立を突然決心することになるのです。

 
私の妹は当時、埼玉県大宮市の市立病院で小児科病棟の担当をしており、そこには抗がん剤治療で髪の毛がすべて抜けてしまった、ある子供さんが入院していました。

その子供さんのご両親は、自分たちの子供のために、かつら・ウィッグだとはすぐに分からない、精巧なかつら・ウィッグを買ってあげようと、大手かつら・ウィッグメーカーに相談したといいます。しかしながら、あまりの高額さにそのご両親は愕然とし、「治療費がかかる上に、あんなに高いかつらは買えないので、どこかもっと安いかつら・ウィッグ屋さんは知りませんか?」と看護師の妹に聞いてきました。

その価格とは、80万円でした。

私の妹は、出張でたまたま日本に帰国していた私に、このご両親の話しを聞かせました。

 
そして、「世の中には、かつら・ウィッグを必要としている人が大勢いるんだよ。それなのに、自然なかつら・ウィッグといわれる“オーダーメイド”のかつら・ウィッグは、あまりにも高すぎて、買いたくても買えない人がたくさんいる。なんとかして、オーダーメイドで作るかつら・ウィッグを、もっと安く販売できないの?!そうすれば、髪の毛で日々悩んでいる多くの人たちを、もっともっと救えるんだよ!!」、と私に訴えかけてきました。

かつら・ウィッグ工場の中だけにいて、かつら・ウィッグを実際に使っている人の生の声を、それまで一度も聞いたことのなかった私は、この妹の話しを聞いて、ただただ純粋に「精巧で自然なかつら・ウィッグを必要としている人が本当に大勢いるのなら、その人たちのために、かつら・ウィッグを自分で作り、直接お届けしていきたい。そして、その方たちが喜んで下さる姿を、しっかりと自分の目に焼き付けていきたい…」、と思うようになったのです。

それからしばらく経った2006年8月、意を決して上司に辞表を提出した私は、11年間お世話になったフィリピンかつら・ウィッグ工場を後にして、日本に帰国しました。

それまで、会社を辞めて独立するなど、考えたこともなかった私でしたが、切実な妹の訴えが後押しとなり、この時は突如として私を脱サラ、そして独立へと突き動かしていきました。

最高の幸せとは、レリエンスメディカルの職人がコツコツと手作りしたかつら・ウィッグを、お客様が喜んで使って下さっているのを知った時

寝ている時以外、かつら・ウィッグというのは、常にお客様といっしょに行動を共にします。そのお客様の身体の一部となるのが、かつら・ウィッグですから、こちらとしても半端な気持ちで、かつら・ウィッグの製作をお受けするわけにはいきません。

使っていただくお客様のことを考え、魂を込めながら一つ一つ丁寧に手作りしていく。こうして仕上げたかつら・ウィッグだけを、毎回毎回、娘をお嫁に出す心境でお客様の元にお届けしております。

当社のお客様から、直接お電話やお手紙などを頂戴して、「当社のかつら・ウィッグ職人が、丹精込めて作ったかつら・ウィッグを、お客様に喜んで使って頂いている!」、と知った時は、私自身、本当に幸せな気持ちになります。

サラリーマンを辞めて当社レリエンスを立ち上げてからというもの、大変なことが色々とありましたが、お客様の喜びの声を聞いた途端、それまでの苦労も一瞬のうちに忘れてしまうほどなのです。

かつら・ウィッグ作り発祥の地「新潟」で育まれた文化と伝統をこれからも守るために

かつら・ウィッグには、機械で作る製品もありますが、品質の高い、より自然で、よりリアルに見えるかつら・ウィッグは、ひとつひとつ手作りで仕上げていくしか、方法はありません。

機械で作るかつら・ウィッグと、一つ一つ手作業で仕上げるかつら・ウィッグとでは、本物そっくりのつむじや分け目、風で髪の毛がなびいた時の自然な流れ、髪の毛が雨に濡れた時の自然な感じ、髪の毛の手触り感など、見た目と触感で格段の差が出てくるのです。

見た目と触感が本物そっくりのかつら・ウィッグを作るために、当社レリエンスメディカルでは、かつら・ウィッグ一点で10万から15万本の髪の毛があるといわれる、その一本一本を、人間の手で植えて仕上げていきます。

すべてが手作業のこの毛植え工程は、かつら・ウィッグ製作の全工程約4週間の中で、最も時間のかかる工程であり、この毛植え工程だけで3週間近くを要します。

毛植え工程での作り手は、細かい作業が長時間続く工程内容から、忍耐強く、粘り強い性格の方でないと絶対に務まりません。その上、お客様が希望されるヘアスタイルに合わせて、ヘアスタイルをイメージしながら、髪の毛を一本一本植えていくため、作り手の経験と熟練度合いが最大限に問われることになります。

このように、かつら・ウィッグは手工芸品といっても過言ではありません。品質の高いかつら・ウィッグを作れる職人を育成し、その職人たちに長年、かつら・ウィッグ作りの匠の技を継承してきたのは、かつら・ウィッグ作り発祥の地と言われる、ここ“新潟”です。

かつら・ウィッグ作りを引き継ぐ若い世代が、近年非常に少なくなってきていることは、とても残念なことです。かつら・ウィッグ作り発祥の地であるこの“新潟”で、かつら・ウィッグ作りの伝統と技術、そして文化が今後も絶える事のないよう、当社レリエンスは、将来の職人たちの更なる育成に、これからも力を入れていきます。

そして、かつら・ウィッグを必要としている皆様に、精巧で、限りなく自然に見えるかつら・ウィッグ製品を、これからもお届けできるよう、この道20年以上の熟練のかつら・ウィッグ職人といっしょに、かつら・ウィッグ作りの匠の技をこれまで同様、継承していきたいと考えております。